ウクライナへ千羽鶴を送るのは誰の為?
この度、ある団体が千羽鶴を折ってウクライナ大使館へ送ろうとしていたが、その取り組みが地方紙に取り上げられると批判が殺到したという問題がありました。
この問題に対して2ちゃんねるの創始者やメンタリストが強い口調で問題提起をしてらっしゃいます。
この問題に関して自分でもしっかり考えてみようと思いました。
私の結論として、
善意の押し売りになってはいけない。
です。
よく言われるのは、
「自分がされて嫌な事は他人にもしてはいけない」
という考え方。
これはその通りだと思っているのですが、似た意味でこんな言葉もあります。
「自分がされて嬉しい事は他人にもしてあげよう」
これこそ今回の折鶴問題に当てはまるなぁと思いました。
この場合、大前提として
「自分がされて嬉しい事は他人も嬉しいはずだ」
という考え方があるのだと思います。
しかしよくよく考えてみると
「自分がされて嬉しい事」
というのは、その立場や状況によって変わりますよね。
平和な暮らしをして気持ちにも余裕がある状況なら、折鶴は嬉しいでしょう。
ウクライナは親日国といいますし、折鶴の意味も知っているかもしれませんからね。
しかし今、彼等は日々命の危機にさらされています。
そんな状況で千羽鶴・・・
嬉しいでしょうか?
他にもっとして欲しい事があるのではないでしょうか?
折鶴を送ろうと行動した人達の反論を見ると、
相手がどう思うとか、
何が助けになるのかとか、
そういう話をしていないような・・・
あくまで自分たちの気持ちで話をしているように感じます。
結局千羽鶴は送らずに折るだけに留めたようですが。
善意とは、相手の事を考え寄り添う事。
善意の押し売りとは、ただの我儘。
ちなみに東日本大震災の折、貰った支援物資の中で扱いに困った物の中に「折鶴」があったそうです・・・